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第4章 少年時代に両親が離婚して母子家庭

投稿日:29/11/2016 更新日:

学校内でのいじめに更に追い打ちを掛けるように、
次は家庭内で暗く辛い出来事が起こりました。

それでは、どうぞご覧くださいませ。

絶えない夫婦喧嘩の連続の日々

父親と母親はとてもよく夫婦喧嘩をしていました。
時には、父親が大きな声で怒鳴りながら怒っていました。
物に当たり大きな激しい音がする時もありました。

少年の当時はものすごく怖かったものです。
ブルブルと部屋に隠れて震えていました。

二人はやはり相性が悪かったのでしょうか。
些細な事をきっかけに喧嘩をする日々が続いていました。

母親が泣いているのを見るのは、少年ながらに辛かったです。

家から突然いなくなった父親

物心がついた頃、父親によく遊びに連れていってもらいました。
公園でキャッチボールをしたり、海に釣りをしに行ったり。
本屋に行って一緒に本を読んだり、食事に行ったりしました。

当時、父親が車が好きで外車のキャデラックを購入したので、
駐車場に一緒に行って、洗車を手伝ったりもしました。

すごく楽しかったのを今でも覚えています。

しかしながら、ある日突然、父が帰ってこなくなったのです。
母親曰く、仕事で単身赴任での出張に行っているとのことでした。

当時は、その言葉を信じてずっと父親の帰りを待っていましたが、
それを境に父親と会う事はなくなったのです。

両親が離婚して母子家庭になる

こうした経緯によって、両親は離婚することになりました。
道中、裁判など離婚協議も行ったようですが、
当時は学生だった為、それらは全く記憶にありません。

その離婚協議の結果、私が大学生を修了する期間までは、
養育費を父親が毎月支払うことで合意に至ったようです。

又、離婚をすれば本来、旧姓を名乗る場合も多々ありますが、
母親が私の学校での影響などを考えて、旧姓には戻さなかったようです。

それからは、母親は朝早くから夜遅くまで働きに出るようになりました。

休みも満足にとらず、働き詰めの毎日でした。
夜遅くに帰ってきては、休む暇もなく食事の支度と家事をしていました。

今思うと本当にすごいことで大変だったんだなと実感します。

父親から毎月養育費はあるものの、最低限だったようで、
家計は決して裕福とは言えず、当時の母親の給料を合わせてギリギリでした。

幼いながらに、裕福ではない家計から、心が段々貧しくなっていきました。
学校でいじめにあって、両親が離婚したことから、
ちょうどこの頃に、初めて人生を自分で諦めてしまおうかと思ってしまいます。

そこはゼロから始まる絶望の世界のようでした・・・。

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